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名古屋地方裁判所 昭和63年(行ウ)41号 判決

原告

奥村定次郎

被告

愛知県知事

鈴木礼治

右訴訟代理人弁護士

佐治良三

右指定代理人

平松三千雄

外六名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対して昭和六三年一月二一日付でした「実地検査の結果について(六二四普第一五〇号、六二三普第二二七号、六二三普第二〇八号)」と題する公文書の非公開決定を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告は、愛知県内に住所を有する者であり、被告は、愛知県公文書公開条例(昭和六一年三月二六日公布愛知県条例第二号。以下「本件条例」という。)二条一項の「実施機関」である。

2  公文書公開請求

原告は、被告に対し、昭和六二年一二月一八日、本件条例五条一号、七条に基づき、会計検査院(以下「院」という。)が昭和六二年に愛知県(以下「県」という。)を対象として実施した会計検査の結果について被告に対して送付した文書の公開の請求(以下「本件公開請求」という。)をした。

3  本件処分

(一) 被告は、右同日、本件公開請求に係る公文書について、原告から文書の内容等を聴取し、原告の同意の下に、これを「実地検査の結果について(六二四普第一五〇号、六二三普第二二七号、六二三普第二〇八号)」と題する公文書(以下「本件公文書」という。)と特定して本件公開請求を受理した。

(二) 被告は、本件公文書には院に関する情報が記録されており、院の意見を聴取する必要があるとして、本件条例八条三項の規定に基づき、同条一項に規定する決定までの期間を昭和六三年一月三一日まで延長する旨の決定を行い、これを昭和六二年一二月二四日に原告に対して通知した上で、原告に対し、昭和六三年一月二一日付で本件公文書を公開しないこととする旨の決定(以下「本件処分」という。)をした。

4  本件処分の理由とその違法性

(一) 被告が本件処分の理由とするところは、本件公文書が本件条例六条一項所定の公開をしないことができる公文書に該当する(本件公文書のうち、六二四普第一五〇号(以下「本件第一公文書」という。)は同項五号及び九号に、六二三普第二二七号(以下「本件第二公文書」という。)は同項三号、五号及び九号に、六二三普第二〇八号(以下「本件第三公文書」という。)は同項二号、三号、五号及び九号にそれぞれ該当する)ことである。

(二) しかし、本件公文書はいずれも前記各号に該当しないものであり、本件処分は、被告が例外規定である本件条例六条一項各号の規定を不当に拡張解釈してした違法な処分である(なお、被告が本件処分を行うまでの期間を延長したことも違法である。)。

5  異議申立て等

そこで、原告は、被告に対し、本件処分につき異議の申立てをしたが、被告は、愛知県公文書公開審査会に諮問して同審査会から昭和六三年八月二二日に本件処分を妥当とする旨の答申を得た上、同年九月七日、原告の異議申立てを棄却する旨の決定をした。

6  よって、原告は、被告に対し、本件処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1、2、3、4(一)及び5の各事実は認め、その余は争う(なお、被告が本件処分を行うまでの期間を延長したのは、年末年始の休暇と重なる上に本件公文書の性格上院の意見を聴取する必要があるというやむを得ない理由によるものであり、違法ではない。)。

三  被告の主張

1  本件公文書の性格及び内容

(一) 本件公文書の性格

(1) 院は憲法九〇条の規定により国の予算執行が適切に行われているか否かを専門的立場から検査する機関であり、その検査は、会計検査院法(以下「法」という。)二四条ないし二八条により行われるものであるが、単に違法又は不当な経理を摘発し、これを糾弾することだけを目的とするものではなく、更に進んで、その原因を追及し、是正の方途を講じさせることをも目的とするものである。

院は、県に対しても、国の予算の執行に関し、実地検査を行っているが、担当の調査官は、右実地検査において問題事項として浮上したこと、疑問に感じたこと等を院に持ち帰り、内部で検討し、必要なものについては知事に対して質問を発し、計数、事実関係、背景等についての確認や追加説明、受検側の見解等を求める方法により、最終的な判断に向けて資料の収集、関係機関に対しての確認等を行い、実地検査を補完している。

院では、右のような実地検査、文書照会等により得た資料を基に分析及び検討を加え、内部の各局間の調整を行った上で、法一一条により検査官会議において最終検討を行い、可決されたものについて検査報告に掲記し、これを内閣に提出するものであり、内閣は、同報告と共に決算を国会に提出することとされている。

(2) 本件公文書は、院が、前項で述べた最終的判断に向けて資料収集、確認等を行って実地検査を補完するために、法二六条の規定に基づき知事に対して発した照会文書であり、実地検査の延長に当たる検査過程の文書である。

(二) 本件公文書の内容

(1) 本件第一公文書

児童扶養手当は、児童扶養手当法に基づき、父母の離婚などにより父親と生計を同じくしていない児童を養育している母子家庭等の生活の安定と自立を助け、児童の福祉の増進を図ることを目的に支給されているが、その児童が父と生計を同じくしているとき、母の配偶者に養育されているとき、母又は養育者が公的年金の給付を受けることができるときなどには、手当の全部又は一部を支給しないことになっているところ、本件第一公文書は、児童扶養手当の支給の適否について、実地検査の結果一部に不適正な支給があるのではないかとして、院が県知事に対し、意見及び今後の処置について照会をしたものである。

(2) 本件第二公文書

ア 地籍調査事業は、国土調査法に基づき、地籍の明確化を図るため、国土の実態を総合的かつ科学的に調査する事業であり、事業主体である市町村等において、毎筆の土地について境界等の調査及び測量を行い、その結果を地籍図原図及び地籍簿案に作成し、これらについて公告、一般の閲覧及び調査上の誤り等の修正手続を経た後、主務大臣又は知事の認証を受け、その写しを登記所に送付するというものであるところ、本件第二公文書は、院の実地検査の結果、事業主体において地籍調査の成果である地籍図原図及び地籍簿案を作成したものの、いまだに公告の手続を行っていない事例があるとして、院が県知事に対し、意見及び今後の処置についての照会をしたものである。

イ 土地改良事業及び土地区画整理事業においては、一筆の土地ごとの地形及び面積を確定するために確定測量が実施されているところ、当該事業の施行者がこの確定測量を国土地理院の設置した基準点等に基づいて実施することにより作成した地図及び簿冊(確定測量の成果)については、国土調査法一九条五項の規定に基づき国土調査の成果として認証の申請をし、内閣総理大臣又は主務大臣がこの確定測量の成果が国土調査の成果と同等以上の精度ないし正確さを有するものと認めたときは、地籍調査と同一の効果があるものとして指定できる制度が設けられている。この点に関し、農林水産省からは事業地区が一定規模以上の場合などには極力認証申請を行うべきである旨の通達が出され、建設省からは確定測量の成果は登記手続と並行して指定を受けるよう努めるものとする旨の通知が出されているところ、本件第二公文書は、院の実地検査の結果、確定測量の目的は達しているものの、前記指定を受けるための手続がされていないなどの理由で地籍測量と同一の効果が発現していないことについて、院が県知事に対し、意見及び今後の処置について照会をしたものである。

(3) 本件第三公文書

農地所有者等賃貸住宅建設融資利子補給事業は、農地所有者等賃貸住宅建設融資利子補給臨時措置法に基づき、住宅不足の著しい地域において、農地の所有者がその農地を転用して行う賃貸住宅の建設等に要する資金の融通について政府が利子補給金を支給することにより、居住環境が良好で家賃が適正な賃貸住宅の供給を促進するとともに、水田の宅地化に資することを目的とする事業であるところ、本件第三公文書は、利子補給金の支給を受けている団地について、同法及び同法施行令に基づき戸数、面積及び水田の宅地化面積等について設定されている条件が達成されていないものがあるとして、院が県知事に対し、意見及び今後の処置について照会をしたものである。

2  本件処分の適法性

本件公文書は、以下に述べるとおり、いずれも、公文書の公開請求に対して例外的に公開しないことができる場合を定めた本件条例六条一項各号のうち五号及び九号に該当し、さらに、本件公文書のうち本件第三公文書は同項二号及び三号にも該当するものであるから、本件公文書を公開しないこととした本件処分は適法である。

(一) 本件条例六条一項五号該当性

(1) 本件条例六条一項五号は、「県と国、他の地方公共団体その他公共団体又はこれらに類する公共的団体(以下「国等」という。)との間における協議、依頼、協力等により実施機関が作成し、又は取得した情報であって、公開することにより、県と国等との協力関係又は信頼関係が損なわれると認められるもの」に該当する情報が記録されている公文書については、実施機関はこれを公開しないことができる旨規定している。これは、県の行政は国等との密接な関係のもとに執行されていることから、県と国等との協力関係、信頼関係等を維持するため、公開することによりこれらの関係を損なうと認められる情報が記録されている公文書は非公開とすることを定めたものである。

(2) 本件公文書は、実地検査の過程で生じた疑問について院が法二六条の規定に基づき発した照会文書であり、これによって、院から受検者である知事に実地検査の結果を通知し、その確認及び是正に関する見解を求めているものである。院は、本件公文書とこれに対する知事の回答を改善方策の検討及び指導並びに検査報告の作成の一資料とするものであり、他方、県は、国の補助金等の援助を受けながら、その事務事業の執行を適正かつ有効に行うよう努めているものであり、本件公文書のような院からの照会文書により、不適正な事態を招いた原因を究明し、是正を図るよう努めているものである。すなわち、院と県とは、検査する立場と検査を受ける立場という相対立する関係にあるだけでなく、検査対象となった事務の問題点を認識し、是正の方途を講ずることにより適正かつ有効な行政の執行を図るという共通の目的の実現に向けて相互の協力関係の下にあるのであり、受検者である県の積極的な協力は、院の検査活動が円滑に進められ、右の共通の目的を実現するために必要とされるものである。したがって、本件公文書は、県と国との間における協議、依頼、協力等により実施機関が取得した文書であるということができる。

(3) 本件公文書は、実地検査の補完を目的とした検査過程における文書であり、その内容が公表されることは全く予定されていないものである。また、本件公文書のような照会文書は従来から公表されていないところ、これが受検者である県の側から公開されることになれば、今後は文書による照会をすることができなくなるおそれがあり、検査事務の円滑な遂行にとって大きな障害となるおそれがあることから、院は、本件公文書の公開に消極的な意向を示している。したがって、本件公文書の公開を院の意向を無視して一方的に行うことは、県と国との信頼関係、協力関係等を損なうものである。

(4) したがって、本件公文書は、本件条例六条一項五号に該当する。

(二) 本件条例六条一項九号該当性

(1) 本件条例六条一項九号は、「監査、検査、取締り等の計画及び実施要領、争訟又は交渉の方針、入札の予定価格、試験の問題及び採点基準その他県又は国等の事務事業に関する情報であって、公開することにより、当該事務事業若しくは同種の事務事業の目的が損なわれ、又はこれらの事務事業の公正かつ円滑な執行に支障を生ずるおそれのあるもの」に該当する情報が記録されている公文書については、実施機関は公文書の公開をしないことができる旨規定している。

(2) 右の「その他県又は国等の事務事業に関する情報」とは、その前に例示された事務事業のほか、県又は国等が行う一切の事務事業に関する情報をいい、院の検査活動も当然この事務事業に含まれるのであるから、本件公文書は、「その他県又は国等の事務事業に関する情報」が記録されている公文書である。

(3) 本件公文書は、検査過程において作成された質問照会文書であるため、検討中の精度不十分で未確定な内容の情報が記載されており、その後の院における検討の結果、違法又は不当な事項には該当しないとして検査報告に掲記されないこともあり、本件公文書に記載された情報のすべてが周知の事実になるわけではない。このような公文書が院の意向に反して受検者側から一方的に公開されることがあり得るならば、院としては、国民の誤解と混乱、それに起因する検査活動の円滑な遂行に対する支障等を避けるために文書による質問照会が行えなくなり、それによって、院は、受検者との情報交換の重要な手段を失うこととなり、また、受検者の側でも、自主的な是正措置を速やかに執る機会を失うこととなるのであって、院の意図する検査活動の円滑かつ公正な執行に重大な支障を生ずることは明白である。

(4) したがって、本件公文書は、本件条例六条一項九号に該当する。

(三) 本件条例六条一項二号及び三号該当性

(1) 本件条例六条一項二号本文は、「個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって、特定の個人が識別され得るもの」が記録されている公文書を公開しないことができると規定し、この例外として、同号ただし書で、「法令又は条例の定めるところにより、何人でも閲覧することができるとされている情報、公表することを目的としている情報及び法令又は条例の規定に基づく許可、免許、届出等に際して実施機関が作成し、又は取得した情報であって、公開することが公益上必要であると認められるもの」に限って公開することができる旨規定している。同号は、基本的人権を尊重する立場から個人のプライバシーは最大限保護する必要があること、また、個人のプライバシーの概念は法的に未成熟でもあり、その範囲も個人によって異なり類型化が困難であることから、個人に関する情報であって特定の個人が識別される情報が記録されている公文書は、原則として非公開とすることを定めたものであり、その一方で、ただし書所定の情報については公開することができるとしたものである。

(2) 本件条例六条一項三号本文は、「法人(国及び地方公共団体を除く。)その他の団体(以下「法人等」という。)に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報であって、公開することにより、当該法人等又は当該個人の競争上の地位その他の正当な利益を害すると認められるもの」が記録されている公文書は公開しないことができると規定し、この例外として同号ただし書で、「事業活動によって生ずる危害から人の生命、身体又は健康を保護するために、公開することが必要であると認められる情報及び違法又は著しく不当な事業活動によって生ずる支障から人の生活を保護するために、公開することが必要であると認められる情報」は公開することができると規定している。同号の規定は、自由経済社会においては、法人等又は事業を営む個人の健全で適正な事業活動の自由を保証する必要があることから、事業活動に関する情報で、公開することにより当該法人等又は個人の競争上の地位その他正当な利益が害されると認められるものが記録されている公文書は非公開とすることを定めたものである。

(3) 本件第三公文書の別表には、農地所有者等賃貸住宅建設融資利子補給補助臨時措置法施行令に基づき、戸数、面積及び水田の宅地化面積等について設定されている条件が達成されていない団地の団地名、所在地、融資機関名、事業者数、契約年月日、契約額、団地計画、現況及び院が認めた事業の進捗状況が記載されている。

これらは、公開すると、農地所有者等土地所有者である特定の個人が識別され、特定の個人の財産の状況及び財産の利用計画が明らかになる情報であり、かつ、本件条例六条一項二号ただし書に規定されている情報のいずれにも該当しないものである。

また、前記記載内容のうち、団地名、所在地、融資機関名、事業者数、契約年月日及び契約額は、法人等の経理、営業内容を示す事業活動情報であり、これらの情報は、競争原理の働く金融業界にとっては、いわゆる企業秘密とされているものであり、これらの情報を公開すると、法人等の競争上の地位その他正当な利益を害すると認められるものであることは明白である。他方、これらの情報は、本件条例六条一項三号ただし書に規定されている情報のいずれにも該当しないものである。

(4) したがって、本件第三公文書の別表は、本件条例六条一項二号及び三号各本文に該当し、右各号ただし書に該当しない。

四  被告の主張に対する原告の反論

1  本件公文書の性格等について

本件公文書は、被告の主張するように法二六条に基づき検査過程で作成された文書ではない。本件第一公文書は、法二四条によって提出された証拠書類の誤りを指摘した始末書的文書であり、また、本件第二公文書及び本件第三公文書は、院が、法三四条(違法不当事項の処理)又は法三六条(改善の意見表示又は処置要求)に基づき、実地検査終了後に、当該実地検査により摘発した不当支出の事実を確認して指摘し、その改善を求めた始末書的文書である。

また、本件公文書は、検査報告として院から内閣に提出され、公開されたものの原案であり、その内容は、少なくとも現時点においては、検査報告によって公開済みのものである。

2  本件処分の適法性について

(一) 県民の公文書公開請求権は憲法二一条に定める表現の自由の前提となる知る権利と同性格の権利であり、これを侵害する本件処分は、同条に違反するとともに、憲法一三条及び二五条にも違反する。また、本件処分は、地方自治行政に対する県民の参政権の行使を妨げるものであり、憲法九二条、地方自治法一条及び本件条例一条(目的)に違反する。したがって、本件処分は、違憲違法な処分である。

また、本件条例の定める公開の適用除外事由は、憲法上保障された知る権利を制限するものであるから、そのような制限をしてもやむを得ないと解されるだけの合理的理由がある場合に限定されなければならないはずであり、その解釈運用は右の趣旨に沿って厳格にされなければならない。

(二) 本件条例六条一項五号該当性について

(1) 本件条例六条一項五号の「協議、依頼、協力等」に該当するのはその性格が双務的、協力的、信頼的で相手方の自主性を尊重する一般的な照会文書であると解されるところ、本件公文書は、院が、実地検査によって摘発した会計経理に関する違法又は不当な事項につき、それを発生させた責任者に対し、再びそのような事態を発生させないために制裁の目的を兼ねて是正措置を執らせるために発したものであり、一方的、片務的、非協力的、確認的、始末書的な性格のものである。すなわち、院と県は、検査をする側と受ける側という相対立する立場に立つものであり、協力関係にあるものではなく、本件公文書に記載されている情報は、県が院との間における協議、依頼、協力等により取得した情報であるということはできない。

(2) 本件公文書は、院が検査報告によって公開した事項の関係文書であり、これを公開しても、院と県との間の信頼関係、協力関係等が損なわれることはない。

また、県民が検査報告の内容のうち県に関する部分を更に詳細に知りたい場合、その内容の公開を県に要求するのは当然であり、県は、そのような要求に応じるために本件条例を制定したものであるから、公開するか否かについて院の意向を重視すべきであるという被告の考え方は、公文書公開事務という自らの行政事務を自らの判断と責任において誠実に執行する義務を怠るものというべきであり、県政に対する県民の理解を深めるという本件条例一条所定の目的に反するものである。

(3) したがって、本件公文書は、本件条例六条一項五号に該当しない。

(三) 本件条例六条一項九号該当性について

(1) 本件条例六条一項九号の規定の趣旨は、行政取締りの実施要領や試験問題等のように、当該事務事業の性質上、公開すると当該事務事業の目的が損なわれ、又は公正かつ円滑な執行ができなくなり、ひいては、県民全体の利益を損なうこととなるおそれのある情報を非公開とするものであるところ、院の実地検査の結果は、同号の規定に例示されている「監査、検査、取締り等の計画及び実施要領、争訟又は交渉の方針、入札の予定価格、試験の問題及び採点基準」と同様の性質のものでないことが明らかである。

(2) 院の実地検査においては、受検者の関係職員が立ち会うのが常であり、不正が明らかになる際には、院の調査官から立会職員に口頭で質問を発し事実を確認する仕組みになっている。本件公文書の内容は、このような実地検査によって確定的に明らかになった事項を確認的に記載したものであり、これを公開することにより院や県の事務事業の公正かつ円滑な執行に支障を生じるとは考えられない。

また、院は、実地検査の際、受検者の関係職員に対し、明らかになった違法又は不当な事項について指導、監督をすることができるのであるから、もともと実地検査終了後に改めて質問文書を発する必要はないというべきであり、これを省略しても院の検査事務には何らの支障も生じない。したがって、本件公文書を公開することにより、今後院から受検者に対する文書による照会ができなくなるとしても、不要な事務の簡素化ができてむしろ好都合であるというべきである。

さらに、本件公文書は院が検査報告によって公開した事項の関係文書であり、これを公開しても、院の意図する検査活動の円滑な執行が著しく困難になるとは考えられない。

(3) したがって、本件公文書は、本件条例六条一項九号に該当しない。

五  被告の再反論

1  本件公文書の性格について

法三四条及び三六条による文書は、院が会計経理に関し不適切な事項が認められるという結論に達した後に発する文書であり、いずれも院長名又は事務総長名をもって作成され(特に、法三六条による文書を発するには、法一一条八号により検査官会議の議決を要するものとされている。)、かつ、その内容及び結果は内閣に提出される検査報告に掲記されることになっている(法二九条七号、八号)。これに対し、本件公文書は、実地検査に当たった調査官が疑問に思ったことについて、実地検査の補完を目的として知事に質問した文書であり、院が結論に達した事項を告知して是正改善の処置をさせること等を目的とするものではなく、したがって、会計検査院法施行規則(以下「規則」という。)一二条三号(平成元年会計検査院規則三号による改正前のもの。以下同じ。)の規定により局長名で発せられ(検査官会議の議決を経ていないことはいうまでもない。)、かつ、その内容及び結果は検査報告に掲記されていない。したがって、本件公文書は、原告主張のように法三四条及び三六条による文書ではなく、法二六条による文書である。

2  検査報告の公開との関係について

検査報告には法二九条所定の事項を掲記しなければならないが、その掲記の方法は院が検査の結果到達した最終結論を掲記するのみであり、右結論に達するまでに繰り返し行われた審議、情報交換等の過程がすべて掲記されるものではないのであるから、検査報告の公開により本件公文書の内容が周知の事実となるわけではない。したがって、被告が本件公文書の非公開理由として述べたところは、検査報告の公開後においてもまったく変化しないものである。

3  憲法違反等の主張について

県民の公文書公開請求権は、憲法二一条等によって保障された権利ではなく、本件条例によって創設されたものであるから、その権利の具体的内容は、本件条例を正しく解釈することによって明らかになるべきものであり、本件公文書が本件条例六条一項所定の非公開事由に該当する以上、それを非公開とすることが憲法二一条等に違反し違法であるということにはならないというべきである。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1、2、3、4(一)及び5の各事実(当事者、公文書公開請求、本件処分、本件処分の理由及び異議申立て等)は、いずれも当事者間に争いがない(なお、本件条例八条一項は「実施機関は、前条に規定する請求書を受理したときは、当該請求書を受理した日から起算して一五日以内に、請求に係る公文書の公開をするかどうかの決定をしなければならない。」と規定し、同条三項は「実施機関は、やむを得ない理由により第一項に規定する期間内に同項の決定をすることができないときは、当該期間を、当該期間の満了する日の翌日から起算して三〇日を限度として延長することができる。」と規定しているところ、右の争いのない事実と証人森幸治の証言を総合すると、昭和六二年一二月一八日に本件公開請求がされた後、被告は、同年同月二四日に決定までの期間を同六三年一月三一日まで延長する旨の決定を行い、これを同六二年一二月二四日に原告に対して通知した上で同六三年一月二一日付で本件処分を行ったこと、右のように決定までの期間を延長した理由は、本件公文書の作成者及び発信人である院ないしその機関の意見を聴取する必要があると考えられたこと、本件条例八条一項に従って決定するということになると年末年始の休暇にかかること、及び本件公文書に関係する課が複数にわたるので意見の調整を行う必要があったことであること、また、実際に、この間、同六二年一二月二二日に県の出納事務局管理課、民生部児童家庭課、農地林務部農地管理課、土木部管理課、建築部住宅管理課及び県民課の関係各課の担当者の打合せが行われ、更に、同六三年一月七日には県の出納事務局管理課の国費担当主査であった同証人及び部下一名が院に出張して、院の官房総務課の総括副長及び渉外広報室の広報専門官から本件公文書の公開に関する院の意見を聴取していることがそれぞれ認められ、これらの事実によれば、被告が本件処分までの期間を延長したことは、本件条例八条三項所定の「やむを得ない理由」により同項に基づいてされたものであって適法というべきであり、これを違法という原告の主張は採用することができない。)。

二憲法、法律等違反の主張について

具体的な公文書公開請求権は、憲法二一条により保障される「知る権利」に密接に関連するものではあるが、憲法の規定から直接導き出されるものではないし、また、右請求権について規定した法律もないのであるから、右請求権は、本件条例によって創設された権利と解すべきものである。そして、条例により公文書公開の制度を定めるに当たり、地方自治体が個々の住民にどのような内容の権利を付与するかということは、当該自治体が自主的に決定すべき事項であって、一般的に、その当否が直ちに憲法又は法律に違反するか否かという問題を生ずるものではなく、また、本件条例の具体的な規定の内容が憲法又は法律に違反するものと認めるべき事情は存在しない。したがって、本件条例の規定により公開すべき公文書ではないとしてされた本件処分について、直ちにその違法又は法律への適合性が問題となるものではないと解すべきであるから、本件処分が憲法二一条、一三条、二五条若しくは九二条又は地方自治法一条に違反する旨の原告の主張は、採用することができない。

なお、本件条例一条は、「この条例は、県民の公文書の公開を請求する権利を明らかにするとともに、公文書の公開に関し必要な事項を定めることにより、開かれた県政を推進し、もって県政に対する県民の理解を深め、県民と県との信頼関係を増進することを目的とする。」と規定しているところ、原告は、本件処分は地方自治行政に対する県民の参政権の行使を妨げるものであり同条に違反する旨主張するが、同条は、本件条例の目的を抽象的に定めたものにすぎず、本件条例の創設する公文書公開請求権の内容は後述のとおり別の条項により具体的に定められているものであるから、原告の右主張も採用することができない。

三非公開文書該当性について

1  本件条例の解釈のあり方

原告は、本件条例の定める公開の適用除外事由は、憲法上保障された知る権利を制限するものであるから、限定的に解釈すべきである旨主張する。しかし、前述のとおり、具体的な公文書公開請求権は、憲法二一条に密接に関連するものではあるが、本件条例によって創設された権利であると解すべきところ、本件条例は、五条で公文書公開請求権を行使し得る主体を定めるとともに、公開することによって得られる利益と公開することによって生じる不利益の両者を考慮した上で、六条において、公開をしないことのできる公文書を定めることによってそれ以外の公文書を公開するものとしており、これらの規定によって公文書公開の実体的要件(公文書公開請求権の内容)を具体的に定めているものと解することができる。したがって、本件処分の適否、すなわち、本件公文書が公開をしないことのできる公文書に該当するか否かについては、憲法二一条の趣旨を尊重しつつ、本件条例六条の規定を合理的に解釈することよって判断すべきであり、かつ、それで十分というべきである(なお、本件条例三条は、「実施機関は、この条例の解釈及び適用に当たっては、県民の公文書の公開を請求する権利を十分に尊重するものとする。この場合において、実施機関は、個人に関する情報がみだりに公にされることのないよう最大限の配慮をしなければならない。」と本件条例の解釈及び運用の基本方針を定めているのであるから、その趣旨に沿って解釈すべきことは当然のことである。)。

2  本件公文書の内容及び性格

(一)  本件公文書の内容

〈証拠〉によれば、本件公文書は次のようなものであると認めることができる。

(1) 本件第一公文書

本件第一公文書は、「実地検査の結果について」と題する日本工業規格B列五番(以下「B五」という。)用紙一枚及び同四番(以下「B四」という。)用紙二枚から成る文書で、院が、実地検査を行った結果、児童扶養手当の支給について一部に不適正な事例があるのではないかとして、県に対し、見解の表明を求めてきたものである。その内容は、以下のとおりである。

イ 一枚目は鑑(かがみ)と呼ばれる送付文書で、文書番号(六二四普第一五〇号)、日付、発信人名(院事務総局第四局長)、宛名(県知事)、表題及び本文から成り、発信人名下にはその公印が押捺されており、本文には、実地検査の結果必要があるので、二、三枚目に記載した事柄について、県の見解と今後の処置を回答してほしい旨が記載されている。

ロ 二枚目には、児童扶養手当の支給事業の概要説明並びに実地検査の結果院が不適正な支出ではないかと考えた事例の総人数及び総金額がまとめて記載され、三枚目には、二枚目の記載の内訳が、例えば、児童の母親が婚姻をし、当該児童が母親の新しい配偶者によって養育されている事例、児童の母親が公的年金の支給対象になっている事例、児童が父親と生計を同じくしている事例等の本来児童扶養手当の全部又は一部が支給されるべきではない態様別に区分して、表にして記載されている。

(2) 本件第二公文書

本件第二公文書は、「実地検査の結果について」と題するB五用紙一枚及び日本工業規格A列四番用紙九枚から成る文書で、院が、実地検査を行った結果、地籍調査事業の成果及び土地区画整理事業又は土地改良事業に伴ってされる確定測量の成果が十分に発現されていない事例があるのではないかとして、県に対し、見解の表明を求めてきたものである。その内容は、以下のとおりである。

イ 一枚目は鑑と呼ばれる送付文書で、文書番号(六二三普第二二七号)、日付、発信人名(院事務総局第三局長)、宛名(県知事)、表題及び本文から成り、発信人名下にはその公印が押捺されており、本文には、実地検査の結果必要があるので、二ないし六枚目に記載した事柄について、県の見解と今後の処置を回答してほしい旨が記載されている。

ロ 二ないし六枚目には、地籍調査事業、土地区画整理事業及び土地改良事業の事業説明並びにそのような事業の成果が地籍図原図の公告がなされていないなどの理由で十分発現されていないのではないかと院が疑問に思った事例の総件数が記載されている。

また、七ないし一〇枚目は別表で、院が疑問に思った事例が市町村、土地区画整理組合等の事業主体別に記載されている。

(3) 本件第三公文書

本件第三公文書は、「実地検査の結果について」と題するB五用紙一枚及びB四用紙一四枚から成る文書で、院が、実地検査を行った結果、農地所有者等賃貸住宅建設融資利子補給事業について、利子補給金の支給を受けている団地について戸数、面積及び水田の宅地化面積等について設定されている条件が達成されていない事例があるのではないかとして、県に対し、見解の表明を求めてきたものである。その内容は、以下のとおりである。

イ 一枚目は鑑と呼ばれる送付文書で、文書番号(六二三普第二〇八号)、日付、発信人名(院事務総局第三局長)、宛名(県知事)、表題及び本文から成り、発信人名下にはその公印が押捺されており、本文には、実地検査の結果必要があるので、二ないし五枚目に記載した事柄について、県の見解と今後の処置を回答してほしい旨が記載されている。

ロ 二ないし五枚目には、農地所有者等賃貸住宅建設融資利子補給事業の概要の説明並びに実地検査の結果院が未だ利子補給要件を達成していないのではないかと疑った事例の総件数及び総金額が記載されている。

また、六ないし一五枚目には、右各事例の内訳が個別に表にして記載されている。

(二)  本件公文書の性格

弁論の全趣旨によれば、本件公文書が発せられる契機となった院の実地検査(法二五条)は、県が法二三条一項三号所定の「国が直接又は間接に補助金、奨励金、助成金等を交付し又は貸付金、損失補償等の財政援助を与えているもの」に該当するため、院が県の会計経理を対象にして行ったものであることを認めることができるところ、本件公文書の性格につき、原告は法三四条又は三六条に基づく意見表示文書若しくは処置要求文書又は始末書的文書である旨主張し、被告は法二六条に基づく質問文書である旨主張するので、この点について検討する。

(1) 法二六条は、院は、「検査上の必要により検査を受けるものに帳簿、書類若しくは報告の提出を求め、又は関係者に質問し若しくは出頭を求めることができる。」旨定めているが、これは、院の所見が検査対象についての批判の情報を国民に提供し、又は予算執行機関に示す重要なものであることから、その判断に誤りがないようにするために、院に対し、検査の結果不適切ではないかと思われる会計経理を発見した場合に、事態を究明する方策として右のような質問等を行う権限を与えたものと解することができる。

なお、同条の規定により帳簿、書類若しくは報告の提出を求め、又は関係者に質問することは、院の事務総局の局長の職権に属する(規則一二条三号)。

ところで、〈証拠〉によれば、法二六条の規定に基づく関係者に対する質問は、一般には、不適切ではないかと思われる会計経理につき検査対象機関の責任者に対して書面で問い合わせをするという形式でされること、右質問の書面には、院が認定した会計経理上の事実、これに対する院の評価、不適切な事態の発生原因とそれに対する処理方針に関する意見等が記載され、これらに係る回答が求められること、昭和六二年ころ当時、一年間に合計九〇〇余の事項について院から右質問が発せられたこと、これらの質問及びそれに対する回答は、院の行う処置要求、意見表示又は検査報告事項案の審議の際重要な資料となるものであることを認めることができる。

(2) 他方、法三四条は、院は、「検査の進行に伴い、会計経理に関し法令に違反し又は不当であると認める事項がある場合には、直ちに、本属長官又は関係者に対し当該会計経理について意見を表示し又は適宜の処置を要求し及びその後の経理について是正改善の処置をさせることができる。」と定めているが、これは、会計経理に関して不適切な事態が明らかになった場合、検査の途中であっても、是正を要するものは速やかに是正させて国の損害の回復を図るとともに、その発生原因を放置すると同様の事態の再発が見込まれるときには、その発生原因そのものに対して速やかに改善処置を要求することができるとしたものと解される。また、法三六条は、院は、「検査の結果法令、制度又は行政に関し改善を必要とする事項があると認めるときは、主務官庁その他の責任者に意見を表示し又は改善の処置を要求することができる。」旨定めているが、これは、院が不適切な会計経理の発生原因を究明したところ、法令、制度又は行政運営に改善を要する点があると判断した場合は、その旨の意見を表示し又は改善の処置を要求することができるとしたものと解される。すなわち、院は、以上の二つの方法によって、その年度の検査の終了を待つことなく、必要の都度、適時に検査の結果を行政に反映させることができるものとされている。

なお、法三六条の規定による意見の表示又は処置の要求は検査官会議で決する(法一一条八号)と定められ、また、法三四条の規定により意見を表示し、又は処置を要求するときは、軽微なものを除き、検査官会議の議決を経なければならない(規則六条一項)と定められているところ、検査官会議の議決又は検査官の合議を経た事項につきその名をもって文書を発することは、院長の職権に属するものである(規則七条三号)から、右の意見表示又は処置要求の文書を発することは、院長の権限に属するものである。

また、院は、法三四条又は三六条の規定により意見を表示し又は処置を要求した事項及びその結果を、憲法九〇条により作成する検査報告に掲記しなければならない(法二九条七号及び八号)とされている。

(3)  以上を前提にして本件公文書の性格を判断するに、以下に述べる理由で、本件公文書はいずれも法二六条に基づく質問文書であると解するのが相当である。

イ  発信人が局長であること

前述のとおり、法二六条に基づく質問文書は局長が発信する権限を有する文書であるが、法三四条に基づく文書(軽微な事項に関するものを除く。)及び法三六条に基づく文書を発することは、院長の権限に属するものであるところ、前記認定のとおり、本件第一公文書は院事務総局第四局長が、本件第二公文書及び本件第三公文書は同第三局長がそれぞれ発信人である。

ロ  検査報告に掲記されていないこと

前述のとおり、法三四条又は三六条により意見を表示し又は処置を要求した事項及びその結果は検査報告に掲記されることになっているところ、〈証拠〉によれば、本件公文書の内容及びその結果はいずれも昭和六一年度決算検査報告に掲記されていないことを認めることができる(右証拠によれば、同検査報告には、法三四条又は三六条の規定により昭和六二年中に関係大臣等に対して意見を表示し又は処置を要求した事項として合計九件が掲記されており、その中には、本件第二公文書の内容に関係する、地籍調査事業の実施等についてされた是正改善の処置要求及び意見表示が含まれているが、その相手方はあくまで国土庁であり、本件第二公文書は、そのような処置要求及び意見表示がされる前の段階で、県に対して質問を発して事実関係等の確認を求めたものであるから、右九件の中には含まれていないものと認められる。)。

ハ  院が県の見解の表明を求めた文書であること

前記認定のとおり、本件公文書はいずれも当該文書で指摘した事項について院が県に対して見解の表明を求めた文書であるから、本件公文書が発出された時点では、院は、当該事項について不適切な会計経理である旨の疑いは抱いていたものの、結論は県の見解を得た上で出すこととしていたものと解することができ、本件公文書は、院が意見表示、処置要求又は検査報告をするために必要な結論を得る前の段階で、関係者に質問をするために発した文書と解するのが相当である。

3  本件条例六条一項五号該当性について

(一)  本件規定の趣旨

本件条例六条一項五号(以下「本件規定」という。)は、「県と国、他の地方公共団体その他公共団体又はこれらに類する公共的団体(以下「国等」という。)との間における協議、依頼、協力等により実施機関が作成し、又は取得した情報であって、公開することにより、県と国等との協力関係又は信頼関係が損なわれると認められるもの」が記録されている公文書については、公文書の公開をしないことができる旨定めている。

本件条例六条一項は、公文書の公開請求があった場合に、実施機関が公開をしないことができる公文書の範囲について具体的に規定したものである。これは、本件条例は開かれた県政を推進するという観点から県政情報を原則として公開することとするものである(前掲本件条例一条参照)が、一方で、県が保有する情報の中には、公開することによって、個人のプライバシー若しくは法人の正当な利益を侵害し、又は行政の目的を失わせ、若しくはその公正で円滑な執行が妨げられるものなどがあることから、前掲本件条例三条と基本的に同様の立場で、県民の公文書の公開を請求する権利を十分に尊重しながら、個人のプライバシーに最大限配慮し、併せて第三者の権利及び利益並びに公益との調和を図る趣旨であると解される。同項各号は非公開とすることができる情報を類型別に定めているが、そのうち本件規定は、県民の公文書の公開を請求する権利を公益との調和を図る規定の一つと解される。すなわち、県の行政は国等との密接な関係のもとに執行されていることから、本件規定は、県と国等との間における現在又は将来にわたる継続的で包括的な協力関係又は信頼関係を維持することによって、行政の適正かつ円滑な執行を図るという公益上の要請から、公開されると県と国等との間の右のような協力関係又は信頼関係を損なうと認められる情報が記録されている公文書は非公開とすることができる旨を定めたものである。

(二)  本件規定の解釈適用

本件規定の解釈適用に当たっては、県民から公開を求められている公文書が本件規定の前段に定める要件を満たす情報を記録したものか否か、また、当該情報を記録した公文書を公開することにより同後段に定める事態が生じるか否かという二つの観点から検討することが必要である。

(1) まず、本件公文書に記録されている情報が本件規定の前段の要件を満たしているか否かを検討する。

イ 院は憲法九〇条及び法に基づいて設置されている国の行政機関であり、それが「国等」に含まれることは明らかである。

ロ 前記2の事実によれば、本件公文書に記録された情報はいずれも被告が「取得した」情報であるということができるところ、被告が「実施機関」であることは当事者間に争いがないから、当該情報は、「実施機関が取得した情報」であるということができる。

ハ そこで、当該情報が県と国等との間における「協議、依頼、協力等により」実施機関が取得した情報であるといえるかどうかについて検討する。

a 院は、憲法九〇条の規定により国の収入支出の決算の検査を行う外、法律に定める会計の検査を行う(法二〇条一項)機関であり、常時会計検査を行い、会計経理を監督し、その適正を期し、かつ、是正を図る(同条二項)職務権限を有するものである。そして、前述のとおり、法が院に対して、種々の方法を用いて事実を調査し、受検者にその結果の確認を求めるとともに、改善方策を検討し、その結果を踏まえて受検者に対する指導等を行う権限を与えていること等に照らすと、院の行う会計検査は、違法不当な事項を摘出して糾弾するにとどまるべきものでないことは勿論、単に違法不当な行為による損害の現状回復を図ることだけでなく、更に進んで、その原因を究明し、検査の結果を直ちに行政面に反映させ、再び同様の過誤を反復させないための予防措置を講じるなどの適宜の措置を積極的に行うことをも目的としていると解するのが相当である。

右のような目的を有する会計検査において、受検者は、単に受動的に会計検査の対象となるだけではなく、具体的な支出が違法不当なものであるか否かの認定に必要な資料を適切に提出するとともに、院の認定が客観的に妥当なものとなるように積極的に見解を表明するなどして、院の会計検査が適正かつ円滑に行われるよう協力すること、更に進んで、必要な是正改善の処置を執ることが期待されているものと解するのが相当である。いい換えれば、県は、国の補助金等の援助を受けながら行っている事務事業について、院の会計検査を通じて、それが適正かつ有効に執行されるよう是正を図ることが期待されるものであり、会計検査の受検者である県は、院の行う検査に協力することにより、右事務事業の適正かつ有効な執行という共通の目的の実現を図るものということができる。

そして、〈証拠〉によれば、法二六条に基づく質問及びこれに対する回答がされる際、院と質問を受ける受検者の責任者との間で、事実の認定、評価等をめぐって双方の見解が食い違う場合があること、そのため、回答がされる前段階で回答折衝と称される過程を経るのが通例であり、右折衝においては、法令の解釈、制度の運用に関する考え方、専門家の意見、各種の証拠資料、先例等に基づき、双方がそれぞれの主張を述べ合うことによって、問題点に関する事実、評価、処理方針等を客観的に明らかにし、かつ、院と県とがそれらについて共通の認識を持つ努力がされること、右折衝は院の検査における極めて重要な過程となっていること、回答は、右折衝の結果、見解の一致をみないまま発せられることもないわけではないが、何らかの見解の一致をみてから発せられる場合が多いことを認めることができる。

右に述べたところによれば、本件公文書に係る質問回答の手続においては、県が院の質問に対して積極的に見解を表明することにより、対象となった事務事業の問題点に関する事実、評価、処理方針等を客観的に明らかにし、かつ、院と県とがそれらについて共通の認識を有するに至ること、更に、右共通の認識に基づいて右問題点の是正が図られるべきことが期待されているということができる。

b 本件公文書は、右のような目的を有する会計検査の過程における質問回答手続の一環として、前述のとおり、法二六条に基づき、院が実地検査の結果不適切ではないかと考えた会計経理について事態を究明するために、受検者である県に対し、事実の確認とその是正についての見解の表明を求めたものであり、院は、本件公文書とこれに対する回答とを合わせて、違法不当な事項の認定、改善方策の検討及び指導等の資料とするものである。

c  前記aの会計検査の趣旨、目的及び会計検査における院と県との関係、並びに前記bの本件公文書が会計検査の中で占める位置等を総合して考えると、本件公文書の授受の背景となった院と県との関係は、検査者と受検者という相対立する関係にとどまるものではなく、県が院に積極的に協力することにより適切な事実の確認及び評価を可能にするというものであり、かつ、それによって、必要な是正を効果的に行い、対象事務事業の適正かつ有効な執行を図るという共通の目的の実現を図るというものであるから、一種の協力関係という一面を有するものであり、本件公文書は、県と国等との間における「協議、依頼、協力等により」実施機関が取得した情報が記録されているものということができる。

以上のとおりであるから、本件公文書に記録されている情報は、本件規定の前段の要件を満たしているということができる。

(2) 次に、本件公文書を公開することにより本件規定の後段に定める事態が生じるか否かについて検討する。

イ 前記認定のとおり、本件公文書は法二六条に基づく質問文書であるから、それは、院が最終的な結論を出し、かつ、それを公表する前の段階において、院及び県という行政機関相互の間で内部的に作成交付された文書であり、右作成交付に当たり、授受当事者は、その内容が公表されることは全く想定していなかったものであるということができる。

ロ また、法の規定をみても、法三四条又は三六条の規定により意見を表示し又は処置を要求した事項及びその結果は検査報告に掲記しなければならないとされているのに対し、法二六条の規定により質問をした事項及びその結果については、これを公表すべきものとする規定は存在しない。かえって、前述のとおり、法二六条は、院の所見が検査対象についての批判の情報を国民に提供し、又は予算執行機関に示す重要なものであることから、その判断に誤りがないようにするために、院に対し、検査の結果不適切ではないかと思われる会計経理を発見した場合に、事態を究明する方策として右のような質問等を行う権限を与えたものと解することができるのであるから、そのような質問等を行うために発した文書の内容を公表することは、院の所見の公表について慎重な姿勢を採っていると解される法の規定の趣旨に沿わないものということができる。

ハ さらに、〈証拠〉によれば、院の行う会計検査の結果は検査報告によって公表されるが、そこに示される院の所見は受検者たる行政機関又はそこに勤務する関係者の行為の批判として記述されるものであるため、検査報告への掲記の適否の判断、内容の表現等については、誤りや不適切な点があって関係者の名誉を不当に侵害したり、是正改善の処置が誤って執られることがないよう細心の注意が払われていること、すなわち、院の事務総局の各検査課長は、検査の結果、検査の対象となった会計経理について検査報告に掲記すべき事態があると判断したときは、まず、局長、審議官、課長等を構成員とする局検査報告委員会に対し、検査報告事項案を作成して資料とともに提出することとされており、右委員会において、検査官会議の決定等各種基準に適合しているかなど該当事項としての適合性、事実関係が正確であるかなど調査内容の的確性、資料収集の充実性、記述内容の的確性等について検討され、その事態が検査報告に掲記するに値するか、記載されている事実及び趣旨が適切かつ確実に表現されているかなどについて第一読会から第三読会まで審議がされること、右委員会で可決された局最終案は、事務総長官房に設けられた事務総局次長、官房審議官、課長等をもって構成される検査報告調整委員会に提出され、検査報告に掲記するに値するか、検査報告事項案等の論旨が適切であるか、他局提出の同種案件との均衡は保たれているかなどについて審議が行われ、その審議の結果が事務総長に提出され、その審査を経た上で、事務総局としての検査報告事項案が検査官会議へ提出されること、そして、検査官会議において、第一読会から第三読会まで、検査報告に掲記するに値するか、検査報告事項案等の論旨が適切であるかなどの審議がされた結果、最終的に可決されたものが検査報告に掲記されること、また、このようにして作成された検査報告は、検査が済んだ決算とともに、内閣に送付され、内閣から国会に提出され、国会で決算審査を行う場合の重要な資料となるほか、財政当局などの業務執行にも活用され、マスコミを通じて広く報道されることが認められる。このように、会計検査の結果判明した事項のうち何をどのように公表するかということについては、事柄の重大性に鑑み、極めて慎重かつ周到な検討手続が執られているのであるから、その反面、右のような検討を経ていない質問文書の内容が公開されることによって会計検査の結果が部分的にもせよ公表されることは、院において行われている右のような手続の意義を損なうものであるということができる。

なお、原告は、本件公文書の内容は、少なくとも現時点においては、検査報告により公表済みであるので公開しても差し支えないはずである旨主張するが、〈証拠〉によれば、昭和六一年度決算検査報告には、本件公文書の内容と関連する記載があるが、それらは、いずれもごく概括的なものであって、本件公文書のように具体的な事例を挙げて詳細に記載したものではないことが認められるのであるから、原告の右主張は、前提を欠くものであって採用することができない。

ニ また、〈証拠〉によれば、本件処分に先立ち、県の担当者が本件公開請求に対する院の見解を聴取したところ、院は、大体次のような理由を挙げて、本件公文書の公開について消極的な見解を表明したことが認められる。

a 本件公文書は、実地検査終了後院内部で検討を重ねる過程で、計数関係、背景事情等の再確認をしたり、追加説明、追加資料等の提供を受けたりしたい場合等に、県においてその内容を公表するようなことはないという信頼のもとに、未確定な精度不十分な材料に基づいて率直に県に対して問いかけを行っている文書であること。

b 院が受検者の会計経理に関して作成交付した文書は従来から一切公表しない取扱いとなっていること。

c 本件公文書が県の側から公表されるということになると、今後は従来のような形で文書による質問照会を行うことが困難になり、院の検査活動に支障を来すおそれがあること。

以上のとおり、本件公文書は法制上も運用上も公開することが予定されていないものであり、実際上も、院は、県がそれを公開しないことを信頼して本件公文書を作成交付したものであり、現時点においても、院は本件公文書の公開には反対であり、また、その反対には相当の理由があると認めることができるのであるから、仮に、右のような院の意向に反して本件公文書を公開すると、それにより県と院との協力関係又は信頼関係が損なわれるものと認めることができる。

4 以上のとおりであるから、本件公文書に記録された情報は本件規定の前段及び後段の各要件をいずれも充足するものであり、知事において公開しないことができるものと解するのが相当である。

四結論

よって、その余の点につき判断するまでもなく、本件処分は適法であるということができるから、本訴請求はこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判断する。

(裁判長裁判官瀬戸正義 裁判官杉原則彦 裁判官後藤博)

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